別世界の出来事

2007年7月の参院選当時、有名な新聞で読んだ議員立候補者への問い、『将来、自分(議員立候補者自身)が介護を受けるとしたら在宅と施設、どちらを望むか』といった記事を読んで、「ダメだ。この立候補者方々はわかってない」と思える答えが少なくありませんでした。本音なのか選挙用の答えなのかいずれにしても、在宅か施設か、可能か不可能かではなく『どちらを望むか』について、立候補者の政党背景に関わらず「(僕からすると)わかってない答え」が少なくないとは。情けない。
国会議員になろうとする方々からしてこんな意識とは(それとも逆にこんな意識だから国会議員になろうとするのか)、宣伝広告の物事を体現することこそ幸せと思っているようで、介護でさえ「別世界の出来事」としてる今の日本の様子を感じます。

介護を「別世界の出来事」と思ってるかのような方が、やりやすい物事に手をつけて、介護を「別世界の出来事」と思ってるかのような他の方に披露する。そして、介護を「別世界の出来事」と思ってるかのような方々の間では「してる気」になる。しかし、バリアフリーを必要とする本人は不在。

実際の街の様子から、ちょっと想像すればわかりそうなのに。

多勢いるはずの生活している人々が見あたらない。
なぜ?
これでいいのか。これで楽しいのか。幸せなのか。これを望んでたのか。この調子で未来ももっとこうしたいのか。
はじめに書いた「わかってない議員立候補者」からすれば、この問いの答えは「はい」なんでしょうね。

例えば、
時々見聞きする「原因は介護疲れ」とマスコミ報道される、心中。
そのことから、「そういう事態にならないように。だから〜」の先の目指す方向、そっちで、そういう未来で本当にいいの?、それを望むの?、そういう社会に自分の身をおきたいの?、と自問し想像すれば、上記の「わかってない議員立候補者」の答えは、僕とは反対。(だからわかってないと思ったんだけど)
その立候補者の政党背景に関わらず「わかってない」という点もさらに頭をかかえてしまいます。立候補者は年長者も多いんだからしっかりして欲しい。というかちょっとは想像すれば、と。
介護に限った話しではありません。
見えなくして、『はいスッキリした』、そんなことばかり。


(覚え書き)

マル激トーク・オン・ディマンド 第324回
コムスンを叩くだけでいいのか
http://www.videonews.com/on-demand/321330/001095.php


話しちょっと変わり、個人的な連想。
強行な改案により介護度を減らされてから、この夏に熱中症で倒れて以来動けず寝たきりで今度は以前よりずっと重い要介護度になった祖母になんとか生き続けて欲しいと願う日々の僕としては、こんな身近な事からも単純に猛暑酷暑が嫌なので「皆で知恵出して協力して地球温暖化防止」に共感なのです。そういった温暖化防止の努力や行動について疑うだけの側を担ぎ出す評論家風からすれば、どうこうしたってウチのおばあちゃんの先は変わらないのかもしれませんが。
温暖化防止について、統計の数やグラフがどうのこうので疑わしい等々からの評論家風の集いは、まるでおとぎ話のようで。
僕には身近な出来事は大切で、蒸し蒸し異常に暑過ぎるのは色々と大変だから単純にイヤで、だから「皆で知恵出して協力して地球温暖化防止」なんです。


地球温暖化に関連する前記事。
http://atn.blog4.fc2.com/blog-entry-274.html

TRACKBACK


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)